走水神社 平成27年8月8日

女性にやさしいと言われる走水神社

日本武尊と、その妃・弟橘媛の悲話で知られる走水神社。東征の途上、日本武尊はここから浦賀水道(走水の海)を安房へと渡ろうとして、暴風雨に遭った。弟橘媛は、「御子(日本武尊)にかわって海の中に入りましょう。御子は目的を果たしてください」と言って入水した。7日後、櫛が流れ着き、御陵をつくって収めたという。
日本武尊は、敵を打ち負かし足柄にたどり着いた時、「吾嬬はや(我妻よ)」と嘆いた。これが、「あづま」という国号のもとになっている。

走水神社

走水神社東京湾を見下ろすように、走水神社の社殿が建っている。今は縁結びの神様として名高く、石段下の御砂倉から、良縁を招くと言われる御砂を頂くことができる。

弟橘媛命の記念碑

走水神社東郷平八郎、乃木希典らが発起人となり、明治43年6月5日建立。昌子内親王(明治天皇第6皇女)の筆により、弟橘媛が入水する時にうたった歌が刻まれている。

さねさしさがむのをぬにもゆるひの ほなかにたちてとひしきみはも
(高い山の相模の野に燃え立つ火の中に立ち呼び掛けて下さったあなた・・・)

走水の海

走水神社かつて走水の海と呼ばれた浦賀水道。走水神社の石段を登ると、綺麗に見える。2000年も前、日本武尊はここから対岸に渡ろうとして災難に遭い、妻を失った。



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