熱田神宮(愛知県名古屋市熱田区)

熱田神宮(あつたじんぐう)DATA

熱田神宮【御祭神】熱田大神(あつたのおおかみ:三種の神器のひとつである草薙神剣を御霊代としてよらせる天照大神)

【社格等】延喜式内社(名神大社)・官幣大社(明治四年)・勅祭社・別表神社・尾張国三宮

【創建】仲哀天皇元年

【主な祭典】熱田まつり(6月5日)

【摂末社】八剣宮(別宮:熱田大神)・一之御前神社(天照大神荒魂)・南新宮社(素盞嗚尊)・日割御子神社(天忍穂耳尊)・孫若御子神社(天火明命)ほか

【見どころ】本殿(1893年造営の神明造)・宝物館(国宝1点重要文化財107点を収蔵)

【場所】愛知県名古屋市熱田区神宮

三種の神器のひとつである草薙剣を祀る熱田神宮

スサノオが出雲でヤマタノオロチを退治した時、その尾の中から取り出した天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は、アマテラスに献上され、天孫に受け継がれて伊勢神宮にあった。東征の時にヤマトタケルが倭姫から授かったこの剣は、火責めに遭った時に草を薙ぎ払って功あり、草薙剣(くさなぎのつるぎ)と呼ばれるようになった。
ヤマトタケルは、東国平定の後に尾張の宮簀媛(みやずひめ)を妃とし、尾張国造の館に草薙剣を残したまま伊吹山の神の征服に向かい、没してしまった。宮簀媛は、草薙剣の霊威を畏み、景行天皇43年に一族の霊域である熱田に奉斎した。ヤマトタケルの御子である仲哀天皇の元年には、熱田神宮が創建された。
現在では、草薙剣の本体は熱田神宮に、分身である形代は宮中にあるとされる。

御神体である草薙剣は、源平合戦の壇ノ浦の戦いで安徳天皇入水とともに関門海峡に沈んだが、伊勢神宮より献上された剣を「草薙剣」として復活させた(失われた剣は、崇神天皇の時代につくられた宮中の形代とも)。
その他にも、天智天皇7年(668年)に「草薙剣盗難事件」が発生している。新羅僧の道行が草薙剣を盗み、新羅に向かったが、暴風雨に遭い断念。さらに18年後、草薙剣の祟りで天武天皇が病になり、熱田神宮に送り返したという。
その後も、宮中の草薙剣ともども盗難に一度づつ遭い、いずれも戻ってきている。

熱田神宮の御祭神は、草薙剣を御霊代とする天照大神(あまてらすおおみかみ)であり、相殿には天照大神・素盞嗚尊(すさのおのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)・宮簀媛命・建稲種命(たけいなだねのみこと:宮簀媛の兄)が祀られている。
伊勢神宮に祀られる天照大神を草薙剣の正体とすることで、伊勢と熱田は「一体分身の神」とみなされ、中世には伊勢神宮、石清水八幡宮に次ぐ「日本第三之鎮守」と見なされた。康保三年(966年)には、正一位となっている。
源頼朝の母は熱田大宮司の娘であるため、源氏をはじめとする武家の信仰も篤く、明治時代に入ると伊勢神宮に次ぐ「第二の宗廟」と呼ばれたりもした。

⇒ 熱田神宮ホームページ
言霊の杜