佳小雨の詩

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佳小雨の詩に関して

佳小雨の詩は、東京を中心に創作活動を行っていた女性の詩である。創作活動といっても、詩作を中心に据えていたのではない。むしろ、彼女が苦手な分野に躍起になって、体調を崩されたのだと思う。
ただ、僕にとってその詩は衝撃的であった。彼女は「恥ずかしいから」と言って、公に発表することはなかったが、その詩の中にある不思議な輝きに気付いたのは、僕だけではなかっただろう。

彼女の詩は純粋である。彼女の詩は、奔放である。変に社会を意識している現代詩に辟易していた僕は、激情に映し出された美意識の中に放り込まれて、言葉を失った。そこには、人の作り出した理念など存在しない、ただ、神の掌に転ぶ人情の美を垣間見る。それは、幾ら存在概念が変化を遂げたとしても、永遠に変わらない不変美だと思った。そして、それに気付かされるところにこそ、詩、そして人の存在意義があるのではないかと考えたのだ。
現代詩は、社会の隅に漂っている。現実を攻撃することもまた太古からの詩の役割ではあったが、そこに積み上げられた詞は、人々の対立を煽ってきたというのが現実である。彼らは理念の上に言葉を積み上げ、そして、軛につながれたまま時代の流れの中に葬り去られてきたのだ。

僕は、彼女にもっと詩を書くように勧めたのだが、謙遜して多くを歌ってはくれなかった。普遍的な感情の上に積み上げられた佳小雨の詩が、一個人に過ぎないのではあるが、この僕を、日常の喜びの中に完全に開放してくれるように思ったのだが…