日光二荒山神社(栃木県日光市)

日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)DATA

日光二荒山神社【御祭神】二荒山大神(ふたらさんのおおかみ:大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命の総称)

【社格等】延喜式内社(名神大社)論社・国幣中社(明治六年)・別表神社・下野国一宮

【創建】神護景雲元年(767年)

【主な祭典】弥生祭(4月13日~4月17日)

【摂末社】本宮神社(味耜高彦根命)・滝尾神社(田心姫命)ほか

【見どころ】本殿(1617年造営の八棟造:重要文化財)・化灯籠(1292年銘の銅灯籠:重要文化財)・神橋(奈良時代?日本三奇橋:重要文化財)・日光山内(国の史跡)

【場所】栃木県日光市山内

世界遺産であり日光三山を神体山として祀る日光二荒山神社

男体山・女峰山・太郎山からなる日光三山を神体山とし、男体山には父神である大己貴命(千手観音)、女峰山には母神である田心姫命(阿弥陀如来)、太郎山には御子神である味耜高彦根命(馬頭観音)が祀られる。神社は、東照宮に接する本社、中禅寺湖畔の中宮祠、男体山山頂の奥宮に分かれ、さらに別宮本宮神社・別宮滝尾神社がある。
神域には、男体山・女峰山・太郎山をはじめ、日光白根山、華厳滝、いろは坂なども含まれる。その広さは3400ヘクタールになると言われ、伊勢神宮に次ぐ規模だとも言われている。

日光二荒山神社の歴史は、勝道上人が神護景雲元年(767年)に二荒山(男体山)の神を祭る祠を建てたことにはじまる。その後、幾度も失敗を重ねながらも、天応二年(782年)に二荒山登頂に成功し、奥宮を建てて二荒修験の基礎を築いた。ただし、昭和時代の学術調査により、男体山山頂からは、古墳時代の信仰遺物も出土している。
延喜式には二荒山神社の名があるが、「宇都宮二荒山神社」との説もあり、名神大社論社となっている。十七世紀はじめには、江戸幕府が聖域内に東照宮を創建する決定を下し、幕府から地主神として厚遇を受けた。
「ふたらさん」の名前の由来は、勝道上人開闢時に男女二神が顕現したために「二現(ふたあれ)」となったという説や、観音浄土の「補陀落山」からきたとの説などがある。

⇒ 日光二荒山神社ホームページ
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